- 住所・・・神奈川県逗子市久木5-7
- 山号・・・海雲山(もとは海前山)
- 宗派・・・曹洞宗
- 御本尊・・・十一面観音
- 坂東三十三観音霊場第2番札所
創建
寺伝では720(養老4)年 大和長谷寺 のころ禅宗に改めたという。『吾妻鏡』では、源義朝の長子悪源太義平の菩提を弔うために建立された寺ともいう。
境内
山門を通ると左手に本堂があり、真っすぐ進むと石段があり、登ると観音堂がある。
逸話
- この山は近くは相模湾の海を、遠くは三浦半島、伊豆、房総の半島を一望できる絶景の地であることから、山号を海前山(現在は海雲山)と名付けられました。
- 990年3月17日には花山法皇 が来山し、自身が導師となり法要を営んだ。また、1174年(承安4年)4月18日には後白河法皇 が来山し、坂東三十三箇所霊場第2番と定めました。
- 源頼朝 は岩殿寺を篤く信仰し何度も参詣する他、朱印地を寄進するほどでした。鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』には幾度も 岩殿観音堂の名で登場し、頼朝後、北条執権時代となってもその信仰は頼朝以外の権力者になっても変わりませんでした。江戸時代には徳川家康が境内の整備などを行っています。 明治の廃仏毀釈によって一時、衰退するものの、霊場としての姿を現在までとどめています。
- 明治時代には文豪、泉鏡花が逗子滞在中には何度か訪れ『春昼』『春昼後刻』 は岩殿寺を題材に描かれているといわれています。あの泉鏡花独自の世界がここを舞台にしたのかと思うと感慨深いものが有ります。 また、観音堂右にある池は鏡花の寄進によるだそうです。。
体験談
逗子駅から市街地を抜け、さらに細い道を進みます。路地と呼ぶのがふさわしいほど狭く、車が一台通れるかどうか…いや、 通れないほどの幅の道を縫うように歩いていくため、道に迷いやすい場所です。 幸いにも道標があるので、それを頼りに進み、なんとか迷わず岩殿寺へ到着しました。 山門をくぐるとすぐに急な石段が現れ、ここは体力を温存していないと息が切れてしまうほどです。 登りきった先から海方面を望む景色は、息をのむほど美しい眺めが広がっています。