足利義教
| ID | word | kana | meaning |
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| 268 | 足利義教 | あしかがよしのり | 1394-1441(応永1-嘉吉1)室町幕府6代将軍。義満の子。はじめ義円と称して天台座主となったが将軍義持の死後還俗。1429(永享1)将軍となり義教と改名。永享の乱で足利持氏を討ち、幕府の威をあげたが、'41(嘉吉1)赤松満祐のため殺された。 |
| 23354 | 足利義教 | あしかがよしのり | 1394.6.13-1441.6.24 室町幕府の6代将軍(1429・3・15‐1441・6・24)三代義満の子。四代義持同母弟。法名普広院善山道恵。従一位左大臣・贈太政大臣。はじめ青蓮院に入室して義円(ぎえん)と称し、点台座主となる。1428年(正長元)義持の死後神籤(くじ)で選ばれ、還俗して義宣と改名。翌年元服。将軍就任と同時に義教と改名。諸重臣の意見を求めつつ政務を行ったが、徐々に将軍専制の志向を強め、有力守護大名の家督改めや、前代まで重用された勧修寺(かじゅうじ)・日野など諸家に対する圧迫を進めた。永享の乱では幕府に対立した鎌倉府を討滅。しかし一色義賢(いっしきよしつら)と土岐持頼の謀殺など、そのきびしすぎる政策は諸大名の不満・不安を招き、赤松満祐に誘殺された。 |