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応仁の乱 おうにんのらん

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2076 応仁の乱 おうにんのらん 室町末期、京都を中心としておこった大乱。室町幕府は元来守護大名に対する強い統制力をもたなかったが、特に中期以降有力守護大名の反乱に悩まされ、加えてたび重なる失政、腐敗、土一揆・徳政一揆の頻発などにより幕府支配は著しく弱まった。他方諸家の相続争いが深刻化するなかで、たまたま将軍家ならびに、管領畠山・斯波両家の継嗣問題に端を発した争いが、細川(東軍)・山名(西軍)両有力守護大名の勢力争いとからみあい、ついに、1467(応仁1)天下を二分する大乱に発展した。以後11年もの長期にわたり、戦乱は地方へも拡大。1477(文明9)中央の戦乱はようやく終結した。この戦乱で京都は荒廃、幕威は失墜、荘園制の崩壊はいっそう促進され、在地武士勢力が強まり、戦国大名領国制が発展した。また公家の多くが戦乱をのがれて地方に下ったことは文化の地方普及の一因ともなった。