懸仏
| ID | word | kana | meaning |
|---|---|---|---|
| 2809 | 懸仏 | かけぼとけ | 仏像や種字・名号または神像を円板上にあらわし、神社・仏寺の内陣に掛けたもの。金属製が普通でまれに木彫り・瓦製もある。像は毛彫り・浮彫り・鋳・鍛などの手法があらわされている。はじまりは神社の神鏡に由来すると考えられる。本地垂迹説により本地仏を拝む意味をもち、平安時代に始まり主として鎌倉・室町時代に行なわれた。江戸時代までは、掛鏡とか、御正体(みしょうたい)の名で呼ばれた。 |
| 9583 | 懸仏 | かけぼとけ | 本地垂迹による本地仏や種子(しゅじ)や名号を線刻したり貼りつけた鏡や円形の銅板。上部の左右に鐶をつけて釣り下げ、神社の本殿などにかけて礼拝の対象にした。御正体・懸鏡ともよぶ。裏面には年号・作者名・血縁者名などが記されるものがある。 |
| 16561 | 懸仏 | かけぼとけ | 鏡面に仏・菩薩・明王・神像などの像を現わしたもので、古くは御正体と呼んだ。10世紀ごろから行われた鏡像が発展し、神仏習合の思想なども加わって平安時代から江戸時代に至るまで盛んに制作され、神社や寺に奉納された。平安時代の遺品としては、奈良県金峯山から多数出土した御正体が重要。これらは仏・菩薩や神像を線彫にしたり、鏡面に薄肉の像を現わしたのが多い。平安時代の懸仏にはほとんど銘がないが、島根県安来市宮島神社の比丘形像懸仏はめずらしく保元元年(11156)の銘がある。鎌倉時代に入っても初期のものは肉の薄い像を現わしたものが多く、木製の懸仏でも像は浮彫風である。安貞2年(1228)の銘をもつ山形県天童市昌林寺の十一面観音懸仏(重要文化財)などはその例である。鎌倉も時代が下るに従って丸彫に近いものが現われてくる。これは鏡板と像とが別鋳であっても同様で、代表的な遺品には、弘安5年(1282)銘の千葉県佐原市観福寺釈迦如来・十一面観音像懸仏(重要文化財)、嘉暦元年(1326)銘の神奈川県鎌倉市長谷寺の十一面観音像(重要文化財)などがある。南北朝時代にも懸仏の制作は盛んで、やはり丸彫に近いものがあるが、次第に再び像は薄手になり、中には衣文などを線彫にした省略的なものや眼や口を線彫にした像などが現われてくる。さらに室町時代になると、像はいっそう簡略化し、それに対して天蓋や波形・花瓶などの装飾が煩雑についたものが多くなる。 |