詳細メモ

関東管領 かんとうかんれい

IDwordkanameaning
390 関東管領 かんとうかんれい 室町幕府の職名。足利尊氏は関東を重視し、鎌倉府を設けて足利基氏を鎌倉公方とし、上杉憲顕・高師冬を執事としてその補佐役に任じたが、1363(正平18・貞治2)憲顕が幕府から管領に補せられ、以後上杉氏がこの職を世襲、これを関東管領と称する。これから幕府任命の関東管領と鎌倉府の任命による関東執事が別になった。その後上杉氏は山内・扇谷・犬懸・宅間の4家にわかれ、この4家が管領職を継いだが、1438(永享10)鎌倉公方足利持氏が幕府にそむいて滅び、その子成氏が下総古河に移ってからは公方家と管領家とが争い、関東の実権は漸次管領家の上杉氏の手に帰した。戦国時代になって後北条氏が勃興すると山内上杉憲政は越後にのがれその家名を長尾景虎(上杉謙信)に譲り、関東管領は有名無実となった。