後醍醐天皇
| ID | word | kana | meaning |
|---|---|---|---|
| 5126 | 後醍醐天皇 | ごだいごてんのう | 1288-1339(正応1-延元4・暦応2)第96代。在位1318-1339。後宇多天皇第2皇子。母は談天門院忠子。名は尊治。1321(元亨1)から親政を行ない、吉田定房・北畠親房らの人材を登用して記録所を復活するなど政治の革新につとめた。やがて王政復古を夢みて討幕を企てたが、1324(正中1)正中の変、1331(元弘1・元徳3)元弘の乱両度にわたって失敗した。隠岐に配流されたが、1333(元弘3・正慶2)伯耆に脱出し、幕府滅亡とともに建武新政を行なった。しかし公武の不和のため1335(建武2)新政は破れ、1336(延元1・建武3)足利尊氏の強請によりいったんは和して神器を持明院統の光明天皇に授けたが、まもなく吉野に移って南朝を樹立、京都回復を企てたが形勢を回復できず、1339(延元4・暦応2)義良親王(後村上天皇)に譲位。朱子学を修め、和歌は「新葉集」に収録。著書「建武年中行事」「建武日中行事」など。陵墓は奈良県吉野郡塔尾陵。 |