大休正念
| ID | word | kana | meaning |
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| 18124 | 大休正念 | だいきゅうしょうねん | 1215-1289 中国、宋の禅僧。嘉定8年(1215)誕生。宋国温州永嘉郡の出身。はじめ洞上の禅を伝える東谷明光に参じ、ついで天目山に登り、さらに臨済宗楊岐派の禅を伝える径山の石渓心月に参禅し嗣法した。わが国へは文永6年(1269)北条時宗の招請に応じ商船で渡航し、同年10月鎌倉の禅興寺に住した。弘安7年(1284)円覚寺に第2世として住持したが、正応2年(1289)病となり正観寺に移って間もない同年11月29日、75歳で寂し、寿福寺に遺骨が収められ、のち仏源禅師と諡された。『念大休禅師語録』7巻は、志淳・宗全・潜奇編で、歴住した禅興寺・建長寺・寿福寺・円覚寺の四会の語録である。小参・告香普説・大小仏事・頌古・仏祖讃頌・自讃・偈頌雑題・題序跋雑記・法語・蔵六菴円湛塔無生銘などが収録されるが、その語録によって高度の学識をそなえた禅僧であったことを知る。来日以来20年に及ぶ禅宗宣揚活動は北条時宗や貞時、時宗の弟宗政などをはじめとする鎌倉武士に対して多大の感化を与えたものとみられる。また、その間に大川道通・嶮崖巧安(仏智円応禅師)・鉄庵道生(本源禅師)・秋礀道泉などの法嗣を出して一派をなし、大休派、あるいは諡号仏源禅師によって仏源派と称され、日本禅宗二十四流中の一流に数えられている。 |