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源頼朝 みなもとのよりとも

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11553 源頼朝 みなもとのよりとも 1147-1199(久安3-正治1)鎌倉幕府初代将軍。義朝の3男。母は熱田大宮司季範の娘。平治の乱に敗走の途中美濃で捕われ、伊豆に配流。1180(治承4)以仁王の令旨を受けて挙兵したが、石橋山に敗れて安房にのがれ、三浦・千葉氏らの援助を得て鎌倉により、侍所をおいて東国政権を樹立。1184(寿永3・元暦1)弟範頼・義経を大将に任じ、源義仲を討ち、平氏を一の谷から追い落し、京都を確保。公文所・問注所を設けて政権を確立。さらに義経をして1185(文治1)壇ノ浦に平氏を族滅させた。その後、院に接近した義経を追い、その追補を理由に諸国に守護・地頭を設置、武家政権を確立。九条兼実ら親しい公卿で朝廷を固めた。1189(文治5)みずから軍を率いて陸奥の藤原泰衡を討滅。1190(建久1)入京して権大納言・右近衛大将となったが、まもなく辞し、1192、7月征夷大将軍に任ぜられて幕府を創設した。1195東大寺再建供養のため再び上京、その威を公家に示した。