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赤穂義士あこうぎし

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161 赤穂義士 あこうぎし 1702(元祿15)12月、吉良義央を襲って主君浅野長矩のあだを討った元赤穂藩士47名のこと。前年3月勅使江戸下向にあたって馳走役となった赤穂藩主長矩は礼式指導役義央の侮辱に怒って江戸城中で切りつけたため、切腹を命ぜられ、浅野家は御家断絶、所領を没収された。浪人となった家臣団は行く末を決めるにあたっていろんな意見がその中で復讐を誓った浪士は、脱落者もでたが、家老大石義雄を首領として江戸本所吉良邸を襲い、義央の首級をあげた。浪士の処分についてはいろんな藩邸にお預けとなったが、当時の学者の間に多くの議論があったが切腹と決まった。この事件は脚本・小説にも書かれ民衆に愛好された。