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公海こうかい

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17020 公海 こうかい 1607-1695 江戸時代前期の天台宗の僧。姓は藤原氏。父は花山院左少将忠長、母は東本願寺の開祖教如の長女と伝える。慶長12年(1607)12月12日に生まれる。元和6年(1620)14歳の時、東叡山の天海の弟子となり、天海に従って駿府に行き総持院にて落髪出家した。その後、東叡山寛永寺で天台の教観などを学び、また寛永17年(1640)4月に妙法院の堯然入道親王から五仏灌頂を受けた。同20年に師の天海が没すると、そのあとを継いで東叡山に住して比叡・日光の両山を兼領し、天台一宗を管摂した。正保4年(1647)10月には僧正、翌慶安元年(1648)には大僧正に任ぜられて朝野の崇敬を受けた。特に天海の志を継いで山城国山科毘沙門堂(京都市山科区)の復興をなしとげたことは有名であり、後西上皇より久遠寿院の号を賜い、将軍徳川綱吉より准三宮を賜与された。元祿8年(1695)10月16日、毘沙門堂において入寂した。89歳。毘沙門堂双林院の北に葬る。