- 住所・・・東京都台東区浅草2-3
- 山号・・・金龍山
- 宗派・・・聖観音宗(かつては天台宗)
- 本尊・・・聖観音
- 坂東三十三観音霊場第13番札所
創建
寺伝によれば、飛鳥時代の628年檜前浜成・ 竹成兄弟が隅田川で網にかかった1寸8分(約5.5㎝)の黄金の観音像を、この地の有力者であった 土師真中知(土師直中知) とともに安置したのが始まりという、645年僧勝海が現在地に 堂をたて、夢告によって本尊を秘仏にした。坂東三十三観音霊場第13番札所
境内
雷門をくぐると仲見世通りが宝蔵門までの約140m続く、その宝蔵門をくぐると、本堂が目の前にある。本堂の 西側に五重塔があり、本堂の東南部に鐘楼がある。 西側に浅草迷子しらせ石標・放生池・西仏板碑・ 六地蔵石燈籠・石造の太鼓橋・淡島堂・東側には日限地蔵堂・戸田茂睡寿碑 ・浅草神社・二天門がある。
縁起
- 942(天慶5)年安房国守(のち武蔵国守)平公雅によって 再建された。1180(治承4)年には、伊豆で反平氏の兵をあげた源頼朝が 石橋山の戦いに敗れて、 房総半島へと 上陸し、下総(千葉県)から鎌倉に向かう途中に源頼朝が参詣し、寺領を寄進している。頼朝はのちに 鎌倉鶴岡八幡宮を造営する際に、浅草の宮大工を召集している(『吾妻鏡』)。 これが史料に浅草の地名 がみえる最初である。 戦国時代には、北条氏綱によって 再建され、徳川家康の ときに江戸幕府の 祈願所となった。 1642(寛永19)年の火災、関東大震災(1923年)、 第二次世界大戦の 戦災(1945年)で焼失したが、 堂宇はその都度再建され、現在に至っている。。
逸話
- 長く本尊を見るものがいなかったため、明治時代、役人が本尊の存在を確認した。
- 招き猫の発祥については全国に由縁の地といわれるところがある中で、記録と実物、 錦絵などに よってその発祥が確実視されるのが、浅草寺境内である。
秘仏本尊
最古の招き猫由縁の地
体験談
雷門前では待合わせの人が多い。雷門をくぐって、仲見世通りを歩くといつも通り、人の雑踏で混んでいた。この仲見世通りではおみやげ物やお菓子など お手頃な価格の商品が売られている。宝蔵門まで行くと境内が開けて本堂が目の前に現れる。西側に伝法院(非公開)、東に浅草神社がある。