- 住所・・・埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407
- 御祭神・・・須佐之男命・ 稲田姫命・ 大己貴命
創建
創建は日本神話までさかのぼるので史実とは言い難いが、社伝では、孝昭天皇3年4月の創建という。 「国造本紀」によると、初代无邪志国造の兄多毛比命は 成務天皇(第13代天皇)の時代に出雲族をひきつれて この地に移住し、祖神を祀って氏神として、当社を奉崇したという。この一帯は出雲族が開拓した地であり、 武蔵国造(无邪志国造)は出雲国造と同族とされ、社名の「氷川」も出雲の簸川に由来する という説がある。
境内
境内に通じる参道の入口に立つと両脇に並木道になっていて、普通の神社とは格の違いがわかる。そこをかなり真っすぐ 進むとやっと本格的な境内にはいる。まず三の鳥居があり、次に楼門、舞殿、拝殿となる。本殿は直接は見えにくくなっている。
逸話
平安時代後期、武蔵国の高位の神社とされ、国司からも崇敬を受けた。平貞盛が平将門の乱において氷川神社で戦勝を 祈願し乱を平定したことから、関東地方の武士に幅広く信仰され、荒川流域に数多くの分社が建てられ、武蔵国中に 広がった。だから、埼玉県・東京都に多くの氷川神社が存在する。また、治承4年(1180)には源頼朝が土肥実平に 命じて社殿を再建し社領を寄進した。
体験談
この氷川神社が存在する地域を大宮といい、氷川神社に由来する地名である。また氷川神社の周りに大宮公園が広く存在し ているが、もともとこの公園の地は氷川神社の土地であった。この地には氷川神社があってこそ成り立つ大きな地域の 柱になっている。