蛇窪神社へびくぼじんじゃ

創建

鎌倉時代、北条重時は五男である時千代に多数の家臣を与え、この蛇窪の地に留まるよう重時は諭しました。 その後、時千代は法圓上人と改め、厳正寺に寺院を開山した。50年後、このとき、厳正寺の当主、法圓の甥の第二世法密上人は、 この危機を救うため、厳正寺の戌亥(北西)の方向にあたる森林の古池のほとりにある龍神社に雨乞いの断食祈願をしました。 上人の赤誠(偽りや飾りのない心。まごころ。)と神霊の冥助により、大雨が沛然と降り注ぎ、ついに大危機を免れることができました。 この地に蛇窪神社は建てられました。

境内

場所は住宅街の一角にあり、分かりにくい。境内の入口には鳥居があり、目の前に本殿が見える。その周りには、 小さな祠が大切に安置されている。

逸話

鎌倉時代、天祖神社の社殿の左横に洗い場に白蛇が住んでいました。いつのまにか洗い場がなくなり、やむなく白蛇は現在の戸越公園の池に移った。 あるとき、土地の旧家森谷友吉氏の夢枕に白蛇が現れ「一日も早くもとの住みかに帰してほしい」と懇願しました。 森谷氏はこの話を宮司に伝えて、白蛇をもとに戻すよう願い出ました。宮司は辨財天社を建立することに決めました。白蛇を 迎えようと祝詞を上げると雷鳴がなり、大風が吹いて、身のすくむような感じがしたそうです。

体験談

私はここには前の巳年の年に訪れたことがあり、その時は天祖神社と言われて、弁天様が祀られていたことは 分かったが、今回、訪れたら、祠がすべて綺麗に立て替えられ、小さい境内ながら、信仰の厚い人なら うれしいだろうと思った。