平塚神社ひらつかじんじゃ

創建

源義家が後三年の役からの帰途に豊島氏の平塚城を訪れ、義家が具足を平塚近義に与えられた。 のちに元永年間(1118~1120)に豊島氏は平塚城の鎮護の為に具足を平塚城内に埋めて塚を造った。 ただ、平塚という名はその塚が平らだったためという言い伝えがある。この塚に源義家らを祀ったのが始まりという。

境内

上中里駅を降りて坂を上っていうと右側に神社らしい雰囲気のあるものが見える。坂を上り切って 境内の前に立つと前には駐車場があり、真っすぐ進むと社殿が見える。左側に祠が数社ある。

逸話

江戸時代に、平塚郷の無官の盲者であった山川城官貞久は平塚神社に出世祈願をして江戸へ出たところ検校という高い地位を与えられ 、将軍徳川家光の近習となり立身出世を果たしました。その後家光が病に倒れた際など祈願をするなど山川城官貞久は家光の信頼を得、家光までもこの平塚神社 を庇護した。

体験談

ここを訪れたのはある本を読んでいてふと、平塚神社の記述が書かれていた。今まで闇雲に 神社などを訪れてきたが、やはり由緒ただしい神社を訪れ、その歴史を知りながら詣でた 方が神社に対して誠実な気分にさせるような気がして今回のお参りとなった。のちに知った のであるが、由緒の具足塚が見れるとのことであるが、私は見なかった。これが私の心の凝りである。